◆男性同士の恋愛(エロ含む)などを扱っております。
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「どうしてもダメかい?」
「ああ。何度頼まれても、答えは変わらんよ。アンタには世話になったが、ワシはもう引退する」
こうやって食事をしながら説得をするのは初めてではなかった。
「アカギは……確かに強運に恵まれてた。才能もある。だが……」
市川の決意は固い。それは長年の付き合いで察しがつく。だが、市川以上の打ち手などおいそれと見つかるものではない。そもそも、当のアカギさえ、姿をくらましたままである。
「アンタがそのまま潰されちまうっていうのはちょっと納得いかねえよ」
近々に賭場が立つわけではないが、押さえは必要である。川田は市川を口説くのに必死だった。だが彼の態度は変わらない。市川は笑う。
「格付けも済んでることだしな」
「チッ……嫌味を言うなよ」
「川田さんよ」
急に真顔になってこちらを覗き込む。見えていないとわかっていても、この瞳は苦手だった。
「ワシは気づいちまったのさ。自分の――高に」
「たか?」
市川は左手で盆の位置を確かめながら、箸を置いた。
「光を失って――忌々しい闇をなんとかコントロールしようと躍起になった。そしてそれは大体うまくいったのさ」
探り当てた湯のみを持ち上げ、お茶をすする。
「だがな――」
市川は左の指を二本出し、自分の瞳にあてた。
「この闇の先には、もっと厄介なものがあったってことだ」
「なんだいそりゃ?」
ククク、と市川は笑った。
「川田さんみたいな命知らずの親玉は、知らん方がいいんじゃないかな。商売上がったりだ」
川田も食事を終え、箸を置く。そしてもう一度市川の方を向く。
「――アンタの話は難しくてさっぱりわからん。俺みたいな学の無い人間に、もっと解りやすく言えないのかい」
「そりゃあ、簡単だ」
市川は口を歪めたまま、二本指を真っ直ぐ、川田の目の前に突き出した。
「目を潰ればいいのさ」
言っている意味はよくわからない。だが、どうして顔の――目の位置が寸分狂わずわかるのか。盲た瞳と目を合わせながら、川田はその方が気になっていた。
◇◆◇◆
一人になった帰り道、川田は市川の言葉を思い出していた。
結局市川の話は要領を得なかったが、要するにもう勝負をする気はないのだ。
――勿体無い話だ。
裏世界に君臨する雀士を変えた、ただ一度の麻雀。自分はすぐ後ろで見ていた。だが、勝負事には当人同士にしか分からない領域がある。
闇――か。
歩きながら川田は思いつきで目を瞑って歩いてみた。
子供染みた酔狂だとは思うが、人通りの絶えた路地裏の道。今にも消えそうなライトがぼんやりと行く先を照らしている。別段難しいことなど無いと予想した。しかし。
「……っ!」
何もない。それはわかっていたはずだったが、精々数歩が限界だった。わずかな高低に足を取られた瞬間、思わず目を開いてしまう。
もう一度。
今度は少し、長く歩ける。――が、脇道の手前でバイクでも飛び出して来そうな気配がする。
はっと、そっちを見ても、相変わらずの暗い道に一人。脇道までもまだ距離があった。
自分が普段、如何にこの器官の感覚に頼っているのか思い知る。
――もう一度。
いつか川田は、この『遊び』に熱中していた。
一歩。
また一歩。
進む毎に、じっとりと汗が滲む。いや、心底寒い今日のような日に、そんなことはない筈。おそらくは、ざわついた心の見せる幻影。
さらに一歩――。
と、車がやって来る音がした。
どっちだ?
前か?
後ろか?
俺は右によければいいのか、それとも左?
自分の立っている場所さえ覚束ない……。足元がぐにゃりと柔らかくなった気がした。
ここは……
俺は……。
……。
ゆっくりと、徐行した車が脇を通り過ぎる。川田はそのまま立ち尽くしていた。
縋っていた世界が、崩れる感覚。
目を開けるまでの、一瞬間。
闇の先に、確かに見た。
恐怖。
それは、アカギの姿をしていた。
――否。
気の迷いだ。
電灯の光が白く網膜に映っただけのこと。
こんなのは只の遊び――。
(俺には分からない。分かりたくない)
煙草を取り出す。
試しにもう一度――。
――いや。
ライターの先の揺れる赤い炎をじっと見つめながら、火を吸いつける。
川田はそれから目を瞑り、煙を吐き出した。
(了)
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