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【仲井×治】居酒屋編?
【以下腐要素含みます】
絡み全然なし 糖度低め
勢いにまかせて書きました
でも乗るしか無い、このビッグウェーブに
◇◆◇◆
暑い午後だった。
青く澄み切った夏空の遠景には、積乱雲が群れを成して駆けていく。仲井は空を見上げて汗を拭うと、反対の手で懐中の煙草を探り、口の端に挟んだ。
(ノド……、乾いたばい)
その手は、条件反射でライターを灯す。熱気に追い打ちをかける炎を近づけ、煙草を吸い点ける。燻すことで逆にその渇きを麻痺させるかのように紫煙を吸い込み、仲井は顔を顰めた。
(まあ、暑いのも今だけたいね)
仲井が向かったのは馴染みの雀荘が立ち並ぶ中の一軒。足下に煙草をもみ消したあと、扉に手をかけた胸の内には、期するものがあった。開いた隙間から、たちまち期待以上の冷気が体を包む。
「ひゃあ、涼しかあっ!」
大げさに言って中に入る。この雀荘はこの界隈で一番に冷房が完備された店だったのだ。
「兄さん、アイスコーヒーな。いやあ、ここで打ってたら、もう他の店には行けんとね」
店員に愛想を言いながら、店内を素早く一瞥する。カモになりそうな人間に当たりをつけ、必要なら待機している仲間に知らせる為だが、今日は見知った顔を見つけた。仲井の頬がふっと緩む。
(……ははあ、また来てるたい)
冷房のお陰で賑わった店内をぶらぶらしながら、彼の卓に近寄る。かつて、自分が完膚なきまでに打ちのめされたアカギという男がいた。その舎弟だという彼は、アカギと別れ、今では単身、その姿をこの辺りで見かけるようになった。
「なにたい、治はん。負けてるんか」
急に話しかけられた治は、小動物のようにびくっと肩を震わせたが、相手が仲井と気づくと、そばかすの残るあどけない顔を、キッとした表情に戻した。
「な、何だよ、うるさいな。関係無いだろ」
それから、対面に座る相手をジロリと、睨む。治と同卓につくこの優男は吉田といい、仲井のイカサマ仲間でもあるのだ。他のメンツにわからないように、吉田が肩をすくめ、今日は組んでいないということをアピールすると、治は訝しみながらも再び黙りこむ。仲井は「おっ」と思った。
(ふ~ん。一応、おい達に気を使ってるたい)
仲井が数人の仲間と組んでいることは、常連となっている店でもあまり知られていない。彼らによって(コンビならぬ)トリオ麻雀を仕掛けられたアカギと、一緒にいた治はそのカラクリを知っているが、同時に、そのイカサマが仲井達の飯の種であることも理解している。だからその場で騒ぎ立てるようなこともあえてしなかった。
運ばれてきたアイスコーヒーをすすりながら、仲井は、終盤に差し掛かった対戦をそれとなく眺める。
(まあ、悪くない手だが……。ん? あちゃあ、どうしてそこ切るたい!)
確かにイカサマもやるが、麻雀のセオリーも押さえている仲井にとって、治の打ち筋は素人の域を出ないものだった。案の定、トップに追いつけず、治は二位で終わる。ちなみに、仲井と目も合わさずにそそくさと席を立つ吉田は三位。こちらもあまり上手い打ち手ではなく、所詮は仲井のおこぼれに預かる小遣い稼ぎの学生なのだった。
(まあ、次も負ければ、その後勝ってもおかしくなかね。あいつのことはいいたい。とりあえず……)
吉田が別の卓につくのを眼で追った後、仲井は、暗い顔をして一人待合所で座っている治に近づく。
「なあ……」
「なんだよ」
「相変わらずヘボやね」
「う……、うるさいっ……!」
「そんな調子じゃ、アカギはんに貰うた金、あっちゅう間に溶けてしまうたい」
「大きなお世話だよ」
治はぷいっと横を向いた。期待通りの反応に、仲井はクク、と笑う。この単純さが、とことんギャンブル向きでないと思うのだが、本人は気づいていないのだろうか。いや、仲井と決して卓を囲まない辺り、そうでもないのかもしれない。
言葉通り、実は治は、幾許かのまとまった金を手にしている。仲井にとっては勿論それも気になるが、どちらかといえば、治の人となりの方が心配なところもある。よく言えばお人好しだが、要は気が弱く、見るからに騙されやすそうな性格。アカギの金魚のフンを卒業し、気丈に一人立ちしている様子は健気ではあるがいかにも頼りない。しかし、アカギについていこうとした治を引き止めたのは、他ならぬ仲井なのだった。
(一応、この場合、おいが責任取るのが筋ってもんかね……?)
そういった事情もあり、普段は金以外でのことで動かない仲井が、なけなしの保護者意識を振り絞り、見かけた先々で口を挟むのが常だった。視線を戻した治はしばらく黙っていたが、その内にぽつりと呟いた。
「どうせ、お前はオレの金が目当てなんだろ?」
「あ?」
「残念でした、あの金には、当分手を付けるつもりないから。今だって、退職金の残りでなんとかやってるんだからさ」
仲井は片眉をぴくりと上げる。
「……ほう。あんさん、働いとったんか」
「当たり前だろ! オレのことなんだと思ってんだよ」
(『餓鬼』)
仲井は、その言葉を飲み込む。
「で、何の仕事しとったとね」
「工員だよ、住み込みの」
「住み込み? ……ふん、じゃ今は、無職っちうわけかい」
「ああ」
「工員でも住み込みなら、ようけ金も溜まりそうたいね」
治は答えない。仲井はちらっとその表情を伺い、話を戻した。
「……ほんで、あの金は、何に使うたい」
「え? ああ。あれはさ、アカギさんが」
「あん?」
「商売でも始めろって言ってたから……」
さっきまで、悲しそうだった顔つきが、その名前を口にした途端、恍惚ともいえる顔に変わる。仲井はふと、何かを思い出しそうになり、心がざわめく。だが、そんな変化は微塵も感じさせずに話し続けた。
「商売?」
「うん。オレ、居酒屋か何かやろうかななんて思って」
「居酒屋? 治はんが?」
「だって、そしたらまた、アカギさんが来て……」
「あん?」
「あっ、いや、何でもないよ。そ、それで開業資金を考えたら……手を付けない方がいいかと……」
仲井は、赤面しながら話し続ける治を無遠慮に眺めた。
(ああ、そういうことたいね)
治は、待っているのだ。住む世界の違いを知ったうえで、それでも、アカギが戻ってくるのを待っている。
深海までも自在に泳ぐ生き物が、時折、海面に顔を出す。そんな奇跡を垣間見るために、海に出る漁師のように。あの大金を、自分の人生を投げ打ち、あの男を待つつもりなのだ。
「……まずはオレ、調理師の免許取ろうと思って……学費とか……稼がないと……」
自分の夢を語る治は、遠慮がちで、それでいて幸福そうな顔つきに変わっていく。まるで恋人の話でもしているかのように。
(アホくさ。これだから餓鬼は)
さっきまでの、馴染みの顔に会った高揚感が冷め、仲井は、どこか白けた気分になってくるのを感じた。
治は理解していない。アカギの本当の恐ろしさを。だから単なる憧れから、今でもアカギを慕うのだろう。アカギと対峙した自分にはわかる。あの男は、魔なのだ。破滅を恐れないのではない、アカギこそが破滅そのもの……。周りにもそれは飛び火する。それだのに、どうしてこいつは。
何故かわからぬが、怒りにも似た感情が芽生え始めたとき、ふと治と目が合う。
「なあ、仲井」
「え?」
真っ直ぐにこちらを見上げる黒目がちな眼は、いつもの怒ったような瞳と違い、少し潤んでいる。困ったように眉をひそめ、治は小首を傾げた。
「どう思う?」
不意にドクン、と聞こえた。それが自分の心臓の音だと仲井が認識したのは、数秒経ってからのことだった。
(な、なにたい?)
突然の鼓動の高鳴り。胸が苦しいほどの脈動。だが、その苦しさにはどこか甘美なものが付き纏った。
「ど、どうって何……」
「だから、調理師学校のことだよ、聞いてなかったのか?」
口を尖らせる治は、険しい表情に戻っている。それどころか、少し軽蔑したような色合いまで混じっている。それでも仲井の心中に湧き出た感情は、一種の陶酔を引き起こしたままだ。
「お、治はん……」
「うん?」
動揺を隠しながら、仲井は煙草に再び火をつける。吐き出したぬるい煙が、冷気に混じっていくのを見ながら、疑問を一つ口にした。
「住み込みで働いてたって言っとったが、今は、どこに住んでるたい」
「えっ、今?」
治は口ごもる。
「今は……宿を転々と……。生活費くらいは麻雀で稼ごうと思って」
「なにたいそれ、治はんの腕でそりゃあ、おこがましいってもんたい」
「うっ……」
「それじゃ、いつまでたっても居酒屋は開けんとね」
「はぁ~、そうかな」
がっくり肩を落とす治。
「オレの計算甘いかな、やっぱり。しょうがない、頭下げて、元の工場に……」
半分涙目になりつつ、独り言つ。やはり治自身も、自分の甘さをわかっているのだ。仲井が以前にちらっと見た治の所持金は約150万。まとまった金ではあるが、貨幣価値が現在の十分の一である昭和30年代といっても、都内で生活をしながら店を構えられる金額ではない。ましてや、調理師だかなんだか知らないが、まず学校に通うというのだから、金は出ていく一方だろう。もっとも、アカギにもらった金に手を付けず置いておくところが、いかにも治らしい。
(本当に、甘ちゃんたい。せやったら、麻雀なんかやっとる場合と違うんか)
麻雀を生業としている仲井だからこそ、ギャンブルのリスクは身に染みている。一朝一夕で稼げるような代物ではないのだ。
しかし、切なそうなため息を耳元で吐かれると、仲井の中に、じりじりとある種の熱がせり上がってくる。
仲井にとっての治とは、多少の負い目があるとはいいつつも、何の義理もない相手。ましてや向こうは、こっちの手の内を知っている。世話を焼いたからといって、メリットなどない。それなのに、何故自分は。
「……なあ、治はん」
「うん?」
再び治と目が合い、煙草を吸いかけた手が止まった。
仲井は声をかけたことを後悔する。
何故自分は。無防備なこの表情を見ているだけで、こんなにも身体が熱くなっていくのか。こんなにも鼓動が激しくなっていくのか。一体自分に何が起こっているのいうのか。
口を開くと、治にまでこの音が届いてしまいそうで、仲井は躊躇いながら言った。
「そんなら……うちに来るか?」
あれほど快適だったクーラーの冷気が、今では物足りないほどだった。口の中がからからなのは、煙草のせいだけではないのかもしれない。
(了)
お題こちらより頂きました:確かに恋だった
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http://have-a.chew.jp/
それは甘い20題
01.鼓動
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