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バイオレンス風。流血あります
――まだ夕方といっていい時刻。
仲井は寂びれた雰囲気の雀荘にいた。客はこの一卓のみ。初老の雀荘の主人は、ラジオを聞きながら船を漕いでいる。
同卓の二人は知り合い同士らしい。何やらきな臭い様子で、サシウマを握っていた。
もう一人は仲井の連れ、つまりイカサマの仲間である。もちろん、そのことはこの場では伏せてある。結局、トップは仲井だった。
「おたくらの事情は知らんが――先にこっちの払い頼むたい」
「ああ、そうだな――おい、早く金出せ! 卓の支払いが終わったら、ゆっくり――こっちも『精算』してもらうからなっ!」
「うぅっ……」
悲痛極まった感のドベの男。どう見てもスジ者の男に急かされ、半分泣きながら札入れを手にする。
仲井は、ちらっとそっちを見てから、煙草を取り出そうとした。
その時。
入り口のドアが凄い勢いで開く。新しい『客』がやって来た。
「ちょっとアンタっ!!!」
もの凄い形相で真っ直ぐに、ドベ男のところにやって来る。女は叫んだ。
「あたしの貯金っ――どうしたのよっ!!」
男は黙っている。涙目に薄ら笑いを浮かべ、顔も上げなかった。
「答えなさいよっ!!!」
胸ぐらを掴まれて、やっと女の方を見る。そして掠れ声で告げた。
「ま、負けちゃった……」
その宣告を聞いた途端、逆上して赤く染まった女の顔から、血の気が引く。まるで、サーッと音を立てるのが聞こえるかのようだった。
一瞬、店内を静けさが支配する。
遅れてきたように、ラジオの音が途切れ途切れに響いた。
「姉さん」
ヤクザが声をかける。
「聞いてのとおりだ。アンタの金だかなんだかしらんが、それはもう、こいつのもんじゃない……」
「ちっきしょぉぉおーーーっ!!!!!」
男の言葉を最後まで待たずに、女は、ガーターベルトに挟んでいたナイフを両の手で握りしめた。
「――殺してやるっ!」
言いながら、ドベに襲いかかる。座っていては逃げ場が無い。男はぐぎゃっ、とも、ぎやっ、ともつかない声をあげた。
「ひぁあああっ!!」
叫び声をあげたのは、仲井の連れ。女がナイフを引き抜くのと、立ち上がったヤクザが女に当て身を食らわせるのはほぼ同時だった。血しぶきが卓上に飛び散る。
「無茶する女だ……」
女を床に転がし、ヤクザはドベの腕を掴んで無理矢理立たせる。幸い傷は肩のあたりだったらしい。
「おい、しっかり立てよ。カスリ傷だろ。お前には死んでもらっちゃ困る。――ここじゃあな」
「ぐっ……ううっ……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ドベは引き摺られるように歩く。足に力が入らないのだろう、時々もつれ、転びそうになっていた。ぽつぽつと垂れる赤黒い滴りがその後を追う。
「おい親父、手当しろっ!」
「えっ、お帰りですか……? うゎっ、お客さん揉め事は……」
「るせぇんだよっ! 早く止血しろっ!!」
それまで黙って成り行きを見ていた仲井だったが、二人が店の奥へ消えた瞬間、短く言う。
「取り分」
「えっ!」
惚けていた仲間は、聞き返す。
「何言ってんだよ? そんなことより早くずらかろうぜ、親父じゃねーけど厄介事は……」
「当り前たい、すぐにサヨナラするたい。だが、勝った分は」
その場を動こうとしない――いや、実際動けないのかも知れない男の代わりに、仲井は自分で散らばった札を集める。
「迷惑料もらっといてもいいくらいやが……まあ、いいたい」
「そ、それ……血がついてるぞ」
卓上の札の半分近くに赤い飛沫が飛んでいた。
「――それが? よくあることたい」
「マジかよ……」
よくある光景――。
少なくとも胡散臭い連中と卓を囲むことの多い仲井にとっては、珍しくも無い事件だった。
――否。
女が自分の男を刺すというのは珍しいパターンかもしれない。大抵の場合、女は、例え自分を地獄に落とした相手でも、男をどこかでかばうものらしい。結果、怒りの矛先は浮気相手や借金取りに向かう。
(それが恋心っちゅうもんか――理解できんたい)
金を取られた。それで相手を刺した。
そういう意味では今日の女は、ある意味わかりやすい。
札を数えながら、仲井がそんな考えを巡らせていると、仲間が言った。
「血――」
男は指差し、もう一度繰り返す。仲井は諭すように言う。
「知らんのか? これ、水洗いできるたい」
「そ、そういう問題じゃねえだろっ! 薄っ気味悪いじゃねぇかよっ。汚ねぇし……」
『仲間』であることを知られたら、イカサマがバレてしまう。それなのに男は仲井に向かってがなり立てる。仲井は眉根に皺を寄せ、ぽつりとつぶやく。
「汚いもキレイもなか。金は――金たい」
枚数を確認して、仲井は汚れていない方の札を手渡した。
「う……」
男はしぶしぶといった調子で受け取る。血糊の付いた札同士を内側に重ね合わせ、仲井はそのまま金をポケットに突っ込む。
「ゼイタク言っちゃいかんたい、のう? ――また、頼むとよ」
まだひきつった顔をしている男の肩を叩き、仲井は店を出て行こうとする。
「ま、待てっ。俺も行くから……」
男は哀願するように言う。
◇◆◇◆
「そういや、あの話。本当かな?」
「ん? ――ああ」
勝負の前に、ヤクザ風の男が噂していた話。
若干ハタチそこそこで、トップクラスの代打ちを手玉に取った青年がいると言う。
勝負に賭けられた金額は三千万とも、魔法のような打ち方をするとも。
仲井は思い出したように煙草を取り出した。
「もしもだけどさ……。そんなヤツに勝ったら、相当、箔がつくんじゃねえか?」
「せやな……」
話に耳を傾け、煙を燻らせ歩きながら、あらためて思う。
自分の生きている実感、それは金が全て。シンプルでわかりやすい、仲井の人生の指標だった。
(ふん……。血染めくらい、なんでもなか)
しばらく話をした後に男と別れる。
仲間とはいっても、一時的に組んでいるだけで、麻雀一本を頼りに口に糊する仲井とは事情が違う。もちろん箔付けも大事だ。だが仮に、そんな大金のかかった勝負を御すことができたら――?
(――打つしかなか)
密かな決意を宿し、それから、吸い差しを足下にもみ消した。
別段当てなどはない。だがその日以降、仲井は雀荘で聞きまわることにする。日を追うごとに勝利の確信を強めながら仲井は、その男――アカギの情報を尋ねて歩いたのだった。
(了)
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